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広島家庭裁判所三次支部 平成元年(家)49号 審判 1990年5月24日

申立人 菊田房子

主文

申立人の氏「菊田」を「井原」に変更することを許可する。

理由

1  申立人は、主文と同旨の氏の変更の許可を申し立て、その実情として、申立人は、昭和62年1月13日、夫である朴武光と結婚し、以後、肩書住所地にて同人とともに居住しているが、同人は、かねてより「井原」との通称を永年使用していたため、申立人においても、結婚以来、同様に「井原」と名乗っており、そのため、既に近隣では、申立人らが「井原」夫婦であるとして通用している。ところが、この度、同人との子が幼稚園に入園したが、実父との氏が相違することにより違和感を感じるなどの事態が生じているため、この際、申立人の氏である「菊田」を申立人及びその夫が永年使用している通称である「井原」に変更したく、その旨の許可を求めると述べた。

2  よって判断するに、申立人提出の一件資料並びに申立人、井原こと朴武光及び井原こと李英順に対する当裁判所の各審問の結果によれば、以下の事実を認めることができる。

(1)  申立人は、昭和38年5月27日、父菊田峰次、母菊田里子の二女として出生し、昭和62年1月13日、大韓民国籍を有する夫朴武光との婚姻を届け出て、それ以降、会社勤めをしている同人及びその母李英順とともに肩書住所地において居住しているが、公証の身分関係については、上記結婚により即日申立人を筆頭者とする新戸籍が編製されており、その後、同人との間に、長男良介(昭和62年2月2日生)、二男俊郎(昭和63年4月19日生)及び長女加奈(平成元年9月25日生)をもうけ、三児とも申立人戸籍に入籍して等しく「菊田」の氏を称することとなっている。ところが、申立人の夫朴武光は、外国人登録証明書上その氏が「朴」とされてはいるものの、永年にわたって「井原」との通称を使用しており、そのため、申立人においても、同人との結婚を機に「井原」との通称を使用し始め、また、上記三児についても同じくその通称を使用して実際の社会生活を営んでいる実情にあり、本年4月以降、上記長男が幼稚園に入・通園するに当たっても、「井原」との通称を使用しているのであるが、これと上記戸籍上の氏とが相違するため、種々不便を生じる事態となっている。

(2)  そこで、申立人としては、この際、自己及び上記三児のため、戸籍上の氏と上記通称との不一致による不利益を解消すべく、本件申立に及んだものであるが、これは、申立人の夫朴武光の意向でもあり、また、同人自身、帰化の手続を準備中であって、日本国籍取得の際には、勿論「井原」の氏を称する予定である。

(3)  なお、申立人の夫朴武光は、昭和23年4月18日、広島県庄原市において父亡朴範明、母李英順との間に出生したものであるが、母英順は、昭和16、7年ころ、当時、わが国に出稼ぎに来ていた実兄を頼って来日し、昭和19年ころ、既にその以前から実父とともにわが国に在住していた範明と知り合って結婚したもので、それ以降、同市に居住して現在に至っている。ところで、亡範明は、英順との結婚前から実父の通称であった「井原」との通称を使用しており、そのため、英順もまた同人との結婚を機に、それまでの「金井」を改めて同人と同じく「井原」との通称を使用するようになり、以後、「井原」との通称は、実質的には、日本国民同様に、範明、英順夫婦とその家庭共同体を指示する呼称として同市近隣において通用するに至っている。それゆえ、申立人の夫朴武光も、当然の如く、既に小学生時から「井原」との通称を使用してきたものであり、同人の外国人登録証明書にも、その氏名欄に、「朴武光」の外括弧書で「(井原武光)」と並記されているし、その他同人の各種被保険者証や自動車検査証等の公文書にも「井原武光」との表記がなされているなど、広く社会的に定着をみている実態にある。

3  以上の事実が認められるところ、昭和59年法律第45号による国籍法、戸籍法(特に、107条2ないし4項)の一部改正及び平成元年法律第27号による法例(特に、14条)の一部改正に鑑みれば、常居所地をわが国とする申立人夫婦が同一の氏を称することは、双方がこれを望む限り好ましいことに相違なく、さらに、わが国においては、夫婦の氏として夫の氏を称するのがなお常態である上に、上記(3)認定の事情によれば、申立人の夫朴武光の通称である「井原」は、単に通称というに止まらず、いわゆる在日韓国人に特有の歴史的、社会的事情によるとき、その実質においては、同人のわが国における正式の氏であるとさえ評価されることをそれぞれ指摘することができる。そうだとすれば、申立人が「井原」との通称を使用し始めて未だ3年余しか経過していない現時点においては、なおその通称を永年使用したというには足りないけれども、上記指摘の各点に加えて、上記(1)認定の申立人の家庭事情、上記各審問の結果により、申立人夫婦の婚姻関係や生活状況が既に十分に安定をみていると認められること、本件申立にかかる氏の変更が呼称秩序に及ぼすであろう影響が極めて僅少と予測されることなどの諸般の事情を併せ考慮するならば、「菊田」から「井原」への申立人の氏の変更については、やむを得ない事由があるものとして、これを許可するのが相当というべきである。

4  よって、戸籍法107条1項により、主文のとおり審判する。

(家事審判官 近下秀明)

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